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丹下健三91歳で死去

http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/fu/news/20050323k0000m060065000c.html

長生きしていたんですねえ、丹下さん、22日に死去。一応、槙文彦、磯崎新とかいろいろお弟子さんがいるわけで。でも、うちの学生で知っている建築家といえば安藤忠雄ぐらいかも。西新宿ににょきっとある東京都庁舎もそうだった、当時は官公庁、独り占めの感あり)の建築家といえば、うちの学生さんも分かるでしょうか。

関西は京大とかの勢力があって、少ないようですが、大津プリンスホテル、なるほど(これも渦中というか、西武的話題ですね)。姫路の兵庫県立歴史博物館(こんど文化政策学部長になる端教授が館長さん)もそうですね。

この前、うちの卒業式で京都会館に座り、えっと、丹下健三だったっけ?などとぼけたことを話してしまいました。丹下さんのお師匠さん、前川國男(弘前に行くのでチェック!)のコルビュジェそのままのピロティなホールでしたねえ。

磯崎新といえば、横浜トリエンナーレで色々あったみたいですがねえ(この人とこの人の奥さんとずっと一緒にいることがありまして~シンポジウムを自治省が後援かなにかしていて自治省の総務審議官か誰かのあいさつ文を代読するというつまらない仕事だったかと~、磯崎の奥さんから、あなた、私のところで働かない?といわれ、でも、英語できないので、というと、だったらダメねといわれたことがあり、それが思い出といえば思い出。また、磯崎さんが、愛子に外郎を買うのを忘れたといわれて、山口駅を走り回ったこともありましたな、それにしても好きでないホールの一つががこの京都コンサートホールです)。もっと、ついでですが、 東大建築の流れでは、下河辺 淳という人も列島改造計画から定住構想に変身して、ずいぶん居座っていましたね(ぼくは国土庁のペーペーだったので影響はすくなかったですが)。やっと時代が過ぎ去るようです。
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by kogurearts | 2005-03-23 06:51 | 雑記