アーツマたちばな

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内田樹先生の総選挙まとめ

http://blog.tatsuru.com/archives/001227.php
「弱者に優先的にリソースを分配せよ。だが、それを享受する『弱者』は私ひとりであって、お前たちではない」と人々は口々に言い立てる。
この利己的な言い分に人々は(自分がそれを口にする場合を除いては)飽き飽きしてきたのである。
「弱者は醜い」という小泉首相の「勝者の美意識」はこの大衆的な倦厭感を先取りして劇的な成功を収めた。
開票日翌日の朝日新聞のいしいひさいちの漫画はこの選挙結果が「勝ち組・負け組の二極化からボロ勝ち組・ボロ負け組の二極化」への移行を意味しているということを正しく指摘していた。
こうるさく権利請求する「負け組」どもを、非難の声も異議申し立てのクレームも告げられないほど徹底した「ボロ負け組」に叩き込むことに国民の大多数が同意したのである。
日本人は鏡に映る自分の顔にむけてつばを吐きかけた。
自己否定の契機をまったく含まないままに「自分とそっくりの隣人」を否定して溜飲を下げるというこの倒錯を私は「特異な病像」と呼んだのである。
最後の部分の引用です。なんだか、阪神と中日の最近の試合までを喚起させられてしまいます。総選挙も野球も、どちらも結果を見ないように見ないようにとしながらの毎日でした。ゆっくりと、さて、逃げるのはこのあたりまで。自分にできることはなにか、しなくてはいけないことはなにか。まだ、見えてこないのですが、そうもいってはいられないか。さて・・・

それにしても《「弱者は醜い」という「勝者の美意識」に大都市圏の「弱者」たちが魅了されたという倒錯のうちに私はこの時代の特異な病像を見る。》ということを前提にして、では、いま劇場ではどういうものが当たってしまうのか、「弱者である大衆」が美しい勝者物語として好むものは何なのか、という風に、アーツマネジメントとして展開するのが、自分たちの守備範囲なのかも知れない。あるいは、いまどきの大衆が好まないから、結果、観客が少ない、そのステージ群から、その仮定式を逆算するほうが楽か。まあ、まだとりとめなく、思考は彷徨うばかりで・・

たいした補足ではないですが、夏の高校野球の優勝校が、スキャンダルも隠しておき、勝ったあとなら、問題ない(瑕疵は治癒される?)という出来事とも関係がありそうですね。
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by kogurearts | 2005-09-14 11:32 | 雑記