アーツマたちばな

kogurearts.exblog.jp
ブログトップ

『神さまがくれた漢字たち』を読んで

『神さまがくれた漢字たち』白川静監修、山本史也著、理論社(「よりみちパン!セ」シリーズ、2004.11)。

c0009815_1140485.jpg3300年前、中国の殷王朝全盛期に出来たという漢字の字源を知ること。これは、いま、ぼくは授業でも自分で調べて考えるときにも、とても大切だと思っています。この本は中学生向けということですが、少し漢字が多くて大変jかも知れません。大学生や社会人になって初めて納得できる部分(『死』についてはとくに)が多いと思います。

漢字の意味における俗説って結構ねたに使いますが、この本を読むとそういう俗説はディズニーになったグリム童話みたいなもので、そこに含まれる古代の王権と神との関係、人間の深い悩みや欲望の姿を表面的に綺麗ごとにしていることが、よく分かります。

c0009815_11403685.jpgたとえば「人」という感じは、服従した人の形(甲骨文字でも金文でも。ときには生贄にされる異族の捕虜)、高貴な人は「立」や「大」になります。

「民」は「大きい矢か針で眼を突き刺す形」、「臣」は目が一つにされている、「童」は目に入れ墨がほどこさえた形・・・
c0009815_1141051.jpg「取」は、耳を手で取る形:戦場で敵の首を討ち取った証拠として耳を手に持って示す。
「道」は、捕虜にした異族の首を討ち取って、それを手にとって道を開く。
「文」の入れ墨のこと(胸に記された文身、模様)も触れられていて、こちらで調べていたことと符合します。

また、「口」が入っている漢字のほとんどが、マウスの口ではなく、器(箱)であったことが、白川静の研究の一端を示すこの本の重要な論点です。「右」と「左」、「告」「名」「尋」「言」「音」・・・

c0009815_11445394.jpg「第四章 生と死の物語」より以下一部引用 
p99~100
《人は免れようもなく、この運命的な孤独に身をゆだねなければならぬときを迎えます。それが「死」というものでしょう。
 「死」それ自体は、形で示されることがないため、「死」の字は、死者の姿ではなく、代わって、生きている者の死者への対応のありかたを示す字となります。
 「死」の左部に記されるのは、「歹(がつへん)」、残骨を象ります。その右部には、膝をつき、死者を弔う人の形が配されます。それを草原のなかで行うのが「葬」です。
 なお、身体をとどめる死者の形を写す字は「亡」であり、また「久」です。「亡」は足を曲げた死者、「久」はうしろより木で支えられている死者をそれぞれ象る字です。この「久」を棺にいれ、野辺に送ることを示す字が、「柩」、すなわち「ひつぎ」にほかなりません。》

c0009815_11451235.jpg p114~115
《 「死」をめぐる漢字をさらに連ねてゆきます。たとえば「化」。その「化」のうちの「ヒ」は、死者の仰向きになる形。人の変化の果ての姿です。それに支えを添えたものが、「久」。人はその「死」をもって永久に普遍のものとなるのです。「展」は、死者の「衣」に、「工』型の呪具をいくつもつめた形。そこに邪霊の憑りつくのを祓い襟もとを「展」いて、その穢れを外に放つのでしょう。》
[PR]
by kogurearts | 2005-01-23 11:18 | 研究活動