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「どのようであるべきかという先入観にこだわるならば、その絵は平凡なものとなるだろう」

チクセントミハイ『フロー体験 喜びの現象学』世界思想社、1996。p260より

月並みな画家が描き始める時は、何を描きたいかがあらかじめ分かっており、描き終わるまで最初の意図が保持されるのに対して、独創的な画家は同程度の技術であっても、心の中に深く感じながらも未確定の目標をもって描き始め、キャンバスに現われる予期しない色や形に応じてたえず絵を修正し、最終的には描き始めた時とはおそらく似ても似つかない作品を描いて終る。

画家が自分の内的感覚に共鳴し、何が好ましくないかを知っており、キャンバスの上に起こることに注意を払うならば、必ず良い作品になる。他方、画家が眼前に現われる形が示唆する可能性に反応せず、その絵はどのようであるべきかという先入観にこだわるならば、その絵は平凡なものとなるだろう。(訳:今村浩明)

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by kogurearts | 2006-06-04 21:42 | 研究活動