アーツマたちばな

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内山節という哲学者を知らなかった自分が恥ずかしく

内山節「里」という思想』(新潮選書、2005)を読み出す。
信濃毎日新聞の連載コラムなので短いが、深く、クリアでびっくり。
こう話せば、グローバリズムとかナショナリズム(国家主義)とかを学生さんに理解してもらえるかも知れないと感嘆しつつ読んでいる。p80
・・それ(20世紀的な悲劇のひとつ:小暮注)は、共同体、伝統、風土といったものは、本来的に国家主義とは相いれないものとしてあるのに、この両者が結びつくかのごとく虚構の上に国家が形成されているという悲劇である。この悲劇があるが故に、私たちは歴史や社会を率直にとらえることができない。
 そもそも、国家自体が歴史的伝統ではないはずである。なぜなら、いま私たちが国家と呼んでいるものは、国民の形成とともに生まれた国民国家であり、近代的な国家だからである。それ以前の古代王権や幕府権力によって打ちたてられたものは、もちろん国民国家ではないし、今日わたしたちがとらえている国家とは全く違うものである。
そうなのだ、近代国家が作られる過程とは、それまでの地域や共同体、伝統や文化を暴力的に破壊し支配下に置き、従属させてきたわけですね。つまり、
・・共同体や伝統、風土といったものをときに分解させ、ときに破壊することによって、それぞれの地域文化のなかで暮らしていた人々を国民として統一し、国民国家はつくりだされていったのである。ところが、新しく生まれた国民国家が、国家の正統性というアイデンティティーを、自らが破壊しようとした共同体や伝統、風土に求めた。そして、このゆがみが、私たちの歴史観や社会観に、大きな混乱を与えたのである。

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by kogurearts | 2007-03-15 20:13 | 研究活動