アーツマたちばな

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アーツマネジメントにおける「発信」用語研究メモ

芸術の発信基地・・・ホール、美術館をこう呼ぶようになったいわれは?

文化の提供、芸術の鑑賞(享受)、芸術の創造・交流ときて「発信」が新鮮になっていった(いまは全盛=成熟になっているのだが)のはなぜか?

日本の文化を世界に「発信」する、わが地域の芸術(文化)を他地域に「発信」するということが、前面に出てくる背景は?
―芸術の公共性議論(非消費性・非排除性をもつ芸術文化の公共財としての側面)における「威信説(国の芸術水準が他国=西欧と肩を並べるものになったり、西欧の賞を受賞などして評価されることにより、文化においては劣等国ではないという威信を国民に示し、その結果国民に誇りを与えるという便益を有する)」のニューバージョンとみなされるのか、あるいは、地域アイデンティティ説と関係するのか

「芸術の創造と発信」という場合、芸術の創造と芸術の「発信」は並列か、あるいは、芸術を創造して、その創造されたものを「発信」するというような順序を考えているのか

「発信」というもともとの電気通信用語からの連想をどこまでひきずり、あるいは払拭しているのか
―情報メディア、大量複製技術以降の芸術様式に限るのか(メディア芸術の発信)、
―メディア芸術やポピュラー音楽以外の芸術においても、その情報提供の部分、宣伝広告、有名化という面に「発信」を使う事例はどれぐらいか
―さらに、もっと広く、芸術を鑑賞する場面までを含め、あえて提供側からの「発信」と呼ぶような拡張をして、この「発信」を使っている事例もあるのか?
もちろん、他国、他地域での公演・展示を特に意識している場合もあるかもしれない。

芸術や文化の文脈を離れると、地域を発信するとかは行政、まちづくり用語としてさらになんの違和感もないようである(私以外は)。

また、フリマで「個性を発信する」など、日常用語として、表現とか発表、提示、提供、伝達とかと同じぐらい軽く使われる用法になっているのかも知れないが、では、どうして、「表現、発表、提示、提供、伝達」ではなく、「発信」が日常用語としてあえて使われるようになったのか?

京都市、京都府の文化条例では、どうして「発信」という用語を使っていないのか?

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しかし、京都府で行われる国民文化祭の基本的考え方では、最後で、ああ・・・1箇所だけですが、発信しちゃてている。http://www.pref.kyoto.jp/bungei/resources/1177482360475.pdf
いい文章だけにもったいない。
「新しい文化の芽生えをこれまでにない視点から創りあげ、発信していくために」・・ここだって、「新しい文化の芽生えをこれまでにない視点から創りあげる」ことが主要な目的(だと私は信じたい)で、そのためには、若者や外国人市民・留学生の発想を入れようということが言いたいはずで、

もし、本当に「発信していく」ため(発信目的のため)に、若者や外国人市民・留学生の発想を入れるというのであれば、若者や外国人市民・留学生は、京都府の文化祭の発信(≒有名化、口実、動員)の手段(≒手先)になってしまうように思うのですね。ああ、どう考えても「発信」は「危ないイデオロギー」ではないかと・・・考えたくないですが、出てくると「愛国心、愛郷心」と似たように思えてしまって、あれこれと考えてしまう・・
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by kogurearts | 2007-06-23 10:04 | 研究活動